
写真は、時間を越えて届くメッセージ
写真を撮る理由は、人それぞれです。
記念だから、成長の節目だから、形として残したいから。
でも、時間が経ってから写真を見返したとき、
その理由は、少し違った形で胸に返ってくることがあります。
写真は、
時間を越えて届くメッセージ。
このことは写真を通して大切にしています。
写真は、撮った瞬間のためだけのものじゃない
写真は撮ったその日のためにあるものではありません。
むしろ本当の役割を果たすのは、
ずっとあとになってからかもしれません。
忙しく過ごしていた日々の中で、
ふと立ち止まったとき。
引き出しの奥から一枚の写真が出てきたとき。
そこに写っているのは、
少し若い自分、
もう戻らない時間、
当たり前だと思っていた風景。
写真は何も語りません。
けれど、確かに何かを伝えてきます。
「この時間があった」
「この人と、こんなふうに過ごしていた」
それは、大きな言葉ではなく、
ささやかなメッセージです。
この歳になって写真の意味が変わってきた
年齢を重ねる中で、写真の見え方が変わってきたかな。
写真を撮ることを始めてた頃は
上手く撮ること、
きれいに残すこと、
技術や完成度に意識が向いていました。
けれど、
時間が経ち、
家族の姿や自分自身の変化を感じるようになってから、
写真は「未来のためにあるもの」だと思うようになりました。
今この瞬間は、
いつも「今」ですが、
気づけばすぐに「過去」になります。
写真は、その過去から、
未来の自分に向けて届く、
静かな手紙のような存在なのです。
何気ない写真ほど、強く心に残る
特別な日の写真は、
もちろん大切です。
けれど、
何でもない日の写真ほど、
あとから見返したときに、
胸の奥をぎゅっと掴むことがあります。
何気なく並んでいる姿、
ふとした横顔、
笑っているわけでもない瞬間。
その写真を見て、
「あの頃は、こんな空気だったな」
と思い出す。
写真は、出来事よりも、
空気や感情を思い出させてくれるものなのかなぁと。
写真は、過ぎていく時間にしるしをつける
毎日は、止まることなく流れていきます。
昨日と今日の違いは、ほんのわずかです。
けれど、写真が一枚あるだけで、
その時間に、しるしがつきます。
「この頃は、こんなふうに過ごしていた」
「この時期は、こんな気持ちだった」
写真は、
人生のページをめくるときの
栞(しおり)のような存在です。
どこまで読んだのか、
どんな場面だったのか、
そっと教えてくれます。
「栞」と「咲」という名前に重なる想い
ホームページのトップページに書いている、
▶︎ 撮影への思い
栞は、物語を読み進めるための目印。
咲は、これから花開いていく未来。
写真が、
家族の歴史を読み返すための栞になり、
その先で、たくさんの笑顔が咲いていく。
わたしの娘の名前と重なるこの言葉は、
ヤスタカ写真事務所の写真づくりの根っこ。
写真は、
思い出を閉じ込めるためだけのものではなく、
未来に向かって、
やさしく背中を押してくれる存在であってほしい。
写真を見ることで、「今」が大切になる
不思議なことに、
過去の写真を見ていると、
「今」という時間の価値にも気づかされます。
あの頃も、
きっと忙しくて、
きっと必死で、
「今」を味わう余裕はなかった。
だからこそ、
今この時間も、
きっといつか、
大切なものになる。
写真は、
未来の自分から届くメッセージでもあります。
「この時間を、ちゃんと生きて」
そんなふうに語りかけてくるのです。
写真は、静かに寄り添い続けるもの
ヤスタカ写真事務所が目指しているのは、
目立つ写真ではありません。
暮らしの中にそっとあって、
必要なときに、
静かに語りかけてくる写真。
写真は、
時間を越えて自分に届く、
ささやかなメッセージ。
その言葉を、
一枚一枚の写真に込めながら、
これからも、
変わらず残していきたいと思っています。







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